アイデアの熟成と連鎖

10個ぐらいのプロジェクトを同時に考えていて、
机に向かうのは全然ダメなんですが、頭の中に散らばせておいて、
ずーっと眠らないで考えつづけていると連鎖します。
見ているつもりでも、見えてないことがほとんどですから。
あるフィルターをとおして見ると「なんだ、アイデアだらけじゃん!」と -。
<佐藤可士和さんが『デザイン論!/a>』の中で>
ほぼ日手帳2006 – 9月4日の言葉

こういう連鎖やアイデアを起こすためにも、何でもメモを取って頭の外に残しておくことが大切になってくる。
一度思い浮かんだアイデアを頭の外に出して、熟成しておく。頭の外に出したものは、意識の上では忘れていくし忘れていって構わない。けど、無意識の奥では、そのアイデアは脳が勝手に熟成して連鎖されていく。
アイデアの熟成と連鎖をこれを意識の上だけでやろうとすると、ワクを超えちゃうようなアイデアはなかなか生まれてこないように思う。
浮かんだアイデアは頭の外(意識の外)に出して(メモ書きして)、あとは無意識に任せる。そして後でそのメモを見直したときに、熟成と連鎖の結果が思いがけないアイデアとして返ってくる。はず。

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ありすぎる才能

宮さん(宮崎駿さん)は、
映画も途中まで観てやめるのなんか、
平気なんですから。
つづきの物語は、自分の頭の中で
ふくれあがっちゃって、できあがっちゃうから。
<高畑勲さんが『ジブリの仕事のやりかた。』の中で>
ほぼ日手帳2006 – 9月3日の言葉

これ、本当だったらスゴイなあ。本当なんだろうけども。
こういった才能はスゴイかもしれないけど、何かもったいない気がしないでもない。他の人が作ったものを純粋に楽しめない、ってことになっちゃうもんなあ。
ただ、こういう人だからこそ、あれだけのジブリ作品を生み出せたということも言えるわけで。天才と言われる人には何となく哀愁が漂うのは、こういう「ありすぎる才能」のせいなのかな、と思ったり。

秋冬の計画

9月になりました。
クリスマスの予定を考えるとか、正月の餅つきの準備をはじめるとか、
いわゆる冬支度です。干しっぱなしの水着を、しまいなさい!
キノコ狩りに参加する人は、申し込んでください。
インフルエンザの予防注射、忘れないようにしてください。
ふふふ、ものすごく前向きでしょ、アタクシ。
『今日のダーリン』より>
ほぼ日手帳2006 – 9月2日の言葉

今日から9月。
2006年も2/3が過ぎた、ということで冬のことも考え出さなきゃ、だけど、まだまだ夏の匂いがぷんぷん。30度超えの日はもうしばらく続きそうだ。
と、そんなこと言ってるとあっという間に秋が来る。冬だって来る。
そんなわけで、秋冬の計画を立てていくことにするか。

自転車傘差し運転は罰金○万円

今日の街路樹は南国のようにうねり、
傘がくしゃんこになって飛んでました。
バイクの人のレインコートが風圧で避けているほど。
そんな中! ヨークシャーテリアを散歩している女性が・・・。
ワンちゃん必死に踏ん張ってまっせー。飛ばされる!
『ほぼ日デリバリー版・私の台風』より>
ほぼ日手帳2006 – 8月19日の言葉

この間の台風んときに、傘差して自転車乗ってる人がいた。
あぶないから、マジで。傘差し運転は捕まっちゃうんだから。

  ★5万円以下の罰金
  ・夜間の無灯火走行
  ・不安定な乗り方「傘差し運転」など
  ・右折・左折・進路変更時に合図をしなかった
自転車でも罰金? – 自転車SHOPドットコム

「あいつ、呼ぼうぜ」と言われるアイツ

いちばん「これ、いいなぁ」と思ったのは、
ともだち同士で遊ぶときに「あいつ、呼ぼうぜ」
と言われる存在、というやつなんです。
糸井重里がその昔、どこかで言った言葉>
ほぼ日手帳2006 – 8月31日の言葉

「あいつ、呼ぼうぜ」と言われるアイツになるには、どうしたらよいんだろか。
というか多分、「あいつ、呼ぼうぜ」と言われるアイツは、そんなことは考えていない。
というわけで、深く考えず、今のままで、いいんだよ。

悩んで動いて、また悩んで

考えてもしょうがないことに悩むんですよ、人って。
悩んで解決するなら悩めばいいですけど、
悩んでも解決しないし、悩んでも得るものがないものを、
人間って考えてしまうんですよね。
<任天堂社長・岩田聡さんが『社長に学べ!』の中で>
ほぼ日手帳2006 – 8月29日の言葉

そうなんだよなあ。
悩んだってしょうがない、ってことを人間はよく知っているし、悩んで解決するわけない、ってことも知っている。それでも悩んでしまう。考えてしまう。そして、悩みを解決する方法も人間はよく知っている。それは、動くこと。頭の中で悶々考えていても何も変わらないけど、その悶々を少しでも行動に移していくことで、悩みはクリアになっていく。
それに、動くこと、というのは、悩みを忘れることにも効く。悶々思い悩んでいても仕方ないことを分かっているのであれば、直接その悩みの解決につながる行動じゃなくても、とにかく動くこと。運動してもいいし、読書してもいいし、遊び出かけてもいいし、とにかく、その悩み以外のことに頭と身体を使うこと。そういう動きのなかで色々な発見があったりして、思い悩んでいたことがとても小さなことに思えたりすることも、あったりなかったり。
そんでもって悩むときは思いっきり悩む。腹括って思いっきり考える。常日頃、何となく頭に引っかかっていて悶々しながら過ごすよりも、普段はほかの事を思いっきりやって、そして寝る前とかに座禅組んで思いっきり考える。どうせ悩むならそうやって思いっきり向き合うといい。
なんてことを思いながらも、僕自身、普段から悶々しちゃってそれが取れないときもしょっちゅう。人間の頭ん中は、そんな簡単にメリハリつけることは出来ないようになってるのかもしれない。けど、あえてそのメリハリを自分のものにしようと挑戦し続ける今日この頃。

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言葉の真意

「今は、人にあんまり会いたくない」
と言っている人のところには、
ときには行ってやらないと、ね?
<萩本欽一さんの言葉
『ほぼ日刊イトイ新聞語録』の中で>
ほぼ日手帳2006 – 8月28日の言葉

「今は、人にあんまり会いたくない」なんて言われたら、僕の場合、言葉のまま受け取って、そっとしておくべき、って思ってしまう。一人で考えたいって本気で思っている人もいるだろうしね。
けど、「今は、人にあんまり会いたくない」なんて、あまりにも寂しい言葉であるのもまた真実なので、そういう人にこそ会いに行くべき、なんだろうなあ、多分。
相手の言葉を、文面どおりに受け取って、いいときもあればそうでないときもある。それを判断するのは付き合いが深い深くないに関わらず難しいこと、だけど、だからこそ、人との関わり合いは面白いし生きてく上で不可欠なもの、って言えるんだろうな、なんて思った。

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無制限に夢を描け

こどものころ、末は大臣か大将かという言葉がよく言われていたけど、
ぼくはそのときでも、とても卑しい言葉だと思っていた。
なんで夢という広いものを、大臣とか大将という野心的なものに
限定しなければならないのか。
<岡本太郎さんの言葉
 『TAROのひとこと』より>
ほぼ日手帳2006 – 8月27日の言葉

よくよく考えてみると、こうやって限定した夢や目標を親や大人が子供に言ってしまうのは、とっても危ないこと。ただでさえ言葉の持つ力は侮れないのに、子供の頃にそういう限定した言葉を多く聞いてしまうと、知らず知らずのうちに描く夢や目指す目標も限定されてしまうんじゃないだろうか。
かといって、親や大人が全く何も示さない、というのも、それはそれで問題があるような気もする。では、親や大人が子供に出来ることってなんだろ、って考えると、多くのことを見聞きできる、経験できる、考えることができる、そういう場を出来るだけ提供してあげること、なんじゃないかな、と思った。そういうなかから、子供は自分なりの考えで夢や目標を描いていけるのではないだろうか。
なるべく多くの選択肢のなかから自分なりの考えで自分なりの道を見つけていく、その手助けをするのが教育なんじゃないかな、なんて思ったりした。「教育」というテーマはそんな簡単に結論づけれるものではないとは思いつつも。

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